世界を変えよう!   Turn the World Over!


 2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故は津波や地震や誤った操作や判断などで偶発的に起こったものではありませんでした。よくよく見てみれば1945年の人類による人類に対する初めての原爆攻撃以来、積み重なってきた「核の様々な蓄積」が生み出した必然的な人災でした。

 第二次世界大戦中のアメリカの原子爆弾開発・製造のためのマンハッタン計画時代にはすでに、多くの核によるヒバクシャがアメリカに生まれていましたし、広島・長崎はもちろん、ウラン鉱山や軍事核施設の周辺、核実験場の内外にも、あるいはそこで操業していた他産業の労働者の間にもヒバクシャは数多くいました。その意味では世界には“第5福竜丸”が無数に存在したのです。そして1963年「大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約」(部分核実験禁止条約)が発効するまで、気の狂ったような夥しい数の大気圏内核実験が世界中で行われ、それに伴い地球上に放射性物質がまき散らされたのです。それに伴い世界中で、男性の前立腺がん、女性の乳がんが異常に高発生し、1970年代の半ばには世界中でそのピークを迎えます。

 一方、50年代最後半以降、原発が主として“先進国”で推進されるようになると、ヒバクシャは地球規模で拡大していきました。事故ではないのに原発からの“死の灰”で、アメリカやイギリスの胎児・赤ん坊は死産、流産、乳児死亡の悲劇に多く直面しました。たとえ死は免れたとしても、知能障害、呼吸器系疾患、心臓疾患、がんなどの健康損傷を抱え、多くの若い両親は嘆き、悲しむことになったのです。しかもこうした実態が科学的に明らかになっていくのは実に1980年代以降のことでした。

 原子炉事故はさらに悲惨でした。ウィンズケール、チェルノブイリ、スリーマイルアイランドなど何度も何度も私たちは警告を受け続けてきました。しかし私たちの多くは、こうした警告に無反応で鈍感でした。そしてフクシマを迎えることになったのです。

 その間、地球環境やその生態系への放射能汚染は深刻化していきました。環境は食物連鎖など、お互いにつながっています。海や川の汚染はそこに暮らす生き物の、山やふるさとの汚染は、そこに暮らす生き物や直物の汚染となり、それは回り回って私たち人間環境の汚染となって跳ね返ってきます。私たち人間もまた生態系の一部であり、地球環境と切り離すことはできません。

 私たちの多くは「フクシマ放射能危機」に直面し、はじめてその放射能汚染の深刻さに気がつきました。気がついてみると、放射能に汚染されていない安全な水や食品、農産物、海産物などこの地球上で見つけるのがむずかしい、という状況になっていました。それに伴って人類も確実に放射能に汚染していきました。ある科学者グループは、参照集団に放射能に汚染していない人口集団を地球上でみつけることすらむずかしくなっている、と警告を発するまでになりました。

2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故は様々な問題を私たちに突きつけ、また私たちは様々なことに気づきました。

 中でも、多くの人があらためて気づいたのは、「この世界はやはりおかしい」ということでした。

 そのおかしさは、例えばー。

 事故を起こさないはずの原発が過酷事故を起こしたり、ただちに健康に害がないはずの放射能から避難しなくてはならなくなったり、加害者であるはずの東電や政府が、我がもの顔に事故収束の基準を決め、その評価を行い、事態を仕切っていたり、専門家であるはずの学者や研究者が市民の安全と健康の立場からではなく、東電や政府、電力業界の立場に立って発言したりするおかしさ。

 日本の東半分が放射能で汚染され、多くの人が不安の中で暮らしているのに、このことには鈍感な被爆地ヒロシマ。また「安全だ、このレベルでは健康に害がない。放射能を心配する方が健康に害がある」と言い募る被爆地ヒロシマやナガサキの放射線医科学者たちのおかしさ。

 また東京首都圏では大小取りまぜ、連日のように「反原発デモ」やパレードが行われ、11月13日には福岡に「反原発」で1万6000人も集まって市民の意志表示がおこなわれたのに、他の地域で全くこのことを知らせない既成マスコミのおかしさ。

 世の中の風向きが変わり、「脱原発」を唱える学者・識者が登場し、話をよく聞くと「時間をかけて、段階的に転換しよう」と呼びかけているおかしさ。それはいつまでも的を射抜かない「ヘラクレスの矢」なのに。同時に脚光を浴びはじめた「自然エネルギー論者」のおかしさ。原発問題は「エネルギー問題」ではなく、私たちの「健康問題」であり「生存権問題」なのに。

 こうしたおかしさに気がつき、よくよく眺めてみると、復興増税、赤字財政再建、消費税増税、年金の事実上の切り下げを主張する同じ人たちが、アメリカ軍の日本駐留に年間6000億円もの費用をかけ続けていることには口をぬぐっているおかしさ。

 その同じ人たちが、アメリカの国債を8823億ドル(2010年12月現在。1ドル=80円として70兆5840億円)も持ち、それまでの12ヶ月間でドルが円に対して20%も切り下げられたことを考えれば、約14兆円の日本の富(その財源は私たちの預貯金や保険の掛け金です)が失われたことには一言も触れないおかしさ。

 円高対策として大企業(輸出企業でない大企業はほとんどありません)の決算対策のために日銀が10兆円近いドル買いを行い1週間足らずの間に数兆円の為替差損を平気で被るおかしさ。(日銀の資金は結局私たちが出しているのです。)

 多くの人たちが東日本から安全な地域に避難したくてもお金がないので避難できないのに、1システム当たり1億8500万ドル(148億円)もするF-35兵器システムを数十システムも導入しようとする日本政府の金銭感覚のおかしさ。(F-35がスーパー・ホーネットでも基本的に事情は変わりません)

 私たちの税金や年金掛け金や保険金が決して私たちのためには使われておらず、一部の階層・大企業のためやアメリカのために使われており、そのために厖大な財政赤字を生んでいるにもかかわらず、医療費や社会保障費の増大のせいにされるおかしさ。

 「3.11」をきっかけに私たち市民はいろいろなことに気がつき、「この世界はおかしい」と思うようになりました。しかし、どこがどうおかしいのか、どうしたらおかしくない世界になるのか、平等に生まれ、だれしも意志さえあれば平等に無償で大学教育まで受けられ、一人一人の個性が尊重され、生活と個人の尊厳のための職業が用意され、病気になってもお金の心配なしに良質な医療が受けられ、老後はそれぞれの「生活の質」を大切に過ごすことのできる、そうした世界を実現するには何が必要で、何をしなければならないのか・・・。

 ニューヨークのウォール街に集まるアメリカ市民も、再びカイロの広場に集まるエジプトの市民も、アテネのアクロポリスの丘の麓に集まるギリシャの市民も、ウクライナやベラルーシで今なお放射能に怯えて暮らす市民たちも、「世界はおかしい」と気がつき始めたのですが、どこがどうおかしいのか、従って世の中をどう変えていったらいいのか、何が問題の根源で、何が私たちにとって正しいことなのか、それをつかまなければなりません。

 しかし、この世界は変えねばなりません。このことだけははっきりしています。

 もうひとつはっきりしていることがあります。私たちが賢い、自分の頭でものをしっかり考え、政治決断のできる市民にならなければならないということです。
 
 現在私たちが直面している最も大きな課題は、放射線の人体に対する影響です。電離放射線は電離作用を通じて私たちの体を内部から細胞レベルで破壊していく、その被曝線量に安全値はない、このことさえ理解すれば、あとはさして理解にむずかしいことではないのです。しかし、ことさらむずかしく説明し、市民を混乱させ、理解をあきらめさせようとしている人たちがいます。「依らしむべし、知らしむべからず」がその人たちの狙いなのでしょう。

 それは、文字と科学的教育を与えず大衆を盲目的に支配しようとした古代帝国や、帝政ロシアや近代の植民地政策、戦前の天皇制支配の日本などの姿とダブって見えてきます。

 従って、賢い市民になるために、私たちは「一般市民にむずかしいことはわからない」という、私たち自身の内なる囁き声とも闘わなくてはなりません。

 私たち広島の市民は、「3.11」を契機にそうした賢い市民を目指した市民グループを結成し、「食品の安全化」の問題など「人工放射能と闘う」運動を中心に据え、他の市民グループと緩やかに連携しながら世の中を変えて行くことを決意しました。それが「変えよう!被曝なき世界へ 市民アライアンス」です。世の中を変えずに「人工放射能」と闘うことはできません。

 是非一人でも多くの市民の参加を呼びかけます。