▽第50回チラシ
http://hiroshima-net.org/yui/pdf/20140913.pdf
9月13日(土)第50回 広島 元安橋東詰めー本通りー金座街往復コース 伊方原発再稼働反対ウォークの報告です。
チラシは、こちらです。
↓
http://hiroshima-net.org/yui/pdf/20140913.pdf
チラシのタイトルは
「四国電力・伊方原発苛酷事故に対し広島市が採れる唯一の防災対策は?
―伊方原発を廃炉に追い込むこと」
・自然災害に連動して原発災害が起こる危険性と、原発災害が自然災害に重なることで起こる悲惨な状況
・自然災害からの復興はあっても、原発災害からの復興はないこと
第50回のウォークのテーマは、このようなことでした。
哲野さんのスピーチと合わせて、福島第一原発近くの双葉町中心街の光景をバックとしたプラカードに、ご注目ください。
6名が参加。4名がスピーチを行いました。
スピーチの内容を次に貼り付けます。
原田
〈原田〉
先日の土砂災害は、自然災害の恐ろしさと自然災害に備えることの重要さを私たちに教えました。
しかし、広島市は今、自然災害に加えて原発災害というものに備えなければいけない状況にあります。
広島市から100キロしか離れていない愛媛県の佐田岬半島の付け根あたりに四国電力の伊方原子力発電所があるからです。
伊方原発の敷地の中には、現在、およそ800トンの放射性物質があります。
伊方原発で福島原発事故のような事故が起こる可能性は十分にあります。
福島原発事故並みの事故に留まらない事故が起こる可能性もあります。
日本で、原発苛酷事故が起こるとすれば、それは自然災害と連動する形で起こる可能性が高いと考えられます。
特にこの伊方原発は、南海トラフ大地震の震源となる地域に建っています。
また、すぐ近くには、中央構造線という大きな活断層があって、これも大地震を起こす可能性があります。
今皆さんと一緒に考えてみたいことは、もしこの伊方原発で南海トラフ大地震に連動して原発事故が起こったら、広島市はどんなことになるだろうかということです。
南海トラフ大地震というのは、昨年の1月に政府の地震予知連絡会が、今後30年の間に南海トラフを震源とするマグニチュード8~9の大地震が起こる確率は60%~70%であるとしています。
その30年間というのは、30年後かもしれませんし、明日かもしれませんけれども、この期間に南海トラフを震源とする大地震が起こることは、もうほぼ確実だということです。
一方、この南海トラフ地震が起こるとき、広島市はどのような状態になるのかということについては、広島県の想定があります。
これは、広島県の想定では、最大地震動が震度6弱、広島市の面積の約9%で液状化が起こり、さらに、津波で中区と南区の大部分、それから佐伯区と西区と東区と安芸区の一部分が浸水するとされています。
津波の高さは、高い所で3mから4mに達するとされています。
約2万棟の建物が全壊し、4万5千棟の建物が半壊するという予測もされています。
そのとき、広島市から100キロの所の伊方原発周辺はどんなことになっているのか。
南海トラフの震源から離れた広島市がそういう状態ですから、伊方原発周辺は、もっとすさまじい状態になっていると考えられます。
ですから、苛酷事故が起こったときに、四国電力の社員の人たちがそれにちゃんと対応することができるかどうか、非常にむずかしい状態だと思います。
それでは、次にどんなことが起こってくるのか。
広島市は、先ほど述べたように、液状化でたくさんの建物が倒壊し、さらに3m~4mの津波で逃げ遅れてしまう人もいる、そうしたところに今度はさらに伊方原発から放出される放射能が襲いかかるということになります。
建物の下には救助を待っている人がいる、そして津波で流された人もいる、そうした人を救助しなければいけない、そんなときにさらに放射能の雲が伊方から到達する。
こういう事態が起こることが、国の想定や県の想定を組み合わせると、見えてきます。
自然災害だけだったら、すぐに救助の体制を組むことができます。
しかし、そこに放射能が襲ってくる場合、救助ということは不可能になってしまいます。
倒壊した建物の下にいる人たちや、津波で行方不明になってしまった人たちを救助・捜索する時間もなく、広島市民は避難しなければならなくなってしまいます。
しかしまた、その避難の経路や方法、さらには避難先が確保できるかどうかということも、これは非常にむずかしいことだと思います。
考えたくないことではありますけれども、これだけ自然災害がいろいろ起こる―これはもう地球の上では当然のことです―その上に、非常に近い所に原発が存在しているという、今私たちが暮らしている条件の中では、当然こんなことを想定しておかなければいけないと思います。
ではそれに対して、どうやったら広島市民の命とか生活を守ることができるんだろうか。
放射能を空中で止めることはできません。放射能がやってきたら逃げるしかありません。
しかし、その逃げるということは、その地震や津波の被害で救助を待っている人たちを見殺しにして逃げるということになってしまいます。
さらに、この100万の市民が一斉に逃げるような道路も、交通手段も、また避難先も、確保することは困難です。
そう考えたとき、原発事故に対処するただ一つの方法、それは、原発を止めることの他にないんじゃないだろうか。
私たちはそう思っています。
〈重広〉
広島から約100キロの位置にある、四国の愛媛にある伊方原発が、広島市から一番近い原発です。
瀬戸内海の方に向かって建っています。
風も、潮の流れも、広島市の方に向かって流れています。
伊方原発は今止まっていますが、再稼動の準備が着々と進められています。
福島第一原発事故はまだ収束していません。
収束する目処すら立っていません。
その間もずっと放射性物質は放出され続けています。
2011年3月11日からずっと日本は、「原子力災害緊急事態宣言発令中」です。
3・11以降の日本では、「原発は事故を起こすもの」として再稼動が進められています。
原子力規制委員会は、日本全国にある原発で福島第一原発並みの苛酷事故が起こったら放射性物質がどのように拡散するかのシミュレーション結果を公表しています。
そのシミュレーションによると、広島市から一番近い伊方原発で福島第一原発事故並みの苛酷事故が起これば、広島市内は1週間で4ミリシーベルトの実効線量になるということが予測されています。
自然災害は、人間は元いた所に戻ってこられますが、原発事故は、ひとたび事故が起こってしまえば、そこに人間は帰ってこられなくなります。
しかし、今の日本は、「原発は事故を起こすもの」として、再稼動が進められています。
新しくつくられた再稼動のための原発の規制基準は、「原発は事故を起こすもの」ということが前提でつくられた基準です。
新しい規制基準に適合していても、決して事故を起こさないわけではありません。
「安全です」「安全です」とニュースで市長や国会議員がおっしゃっていますが、何がどうであってどう安全なのかとは、はっきり言いません。
「決して事故を起こしません」とは、誰も言ってくれていません。
「事故を起こすかもしれないけど、原発を再稼動します」ということです。
3・11以降、日本の原発をとりまく環境は大きく変わりました。
原発は事故を起こすということが明らかになってしまったからです。
原子力規制委員会は「地元住民の理解と賛同が得られなければ、その原発の再稼動は認められない」と言っています。
広島市から約100キロの所にある伊方原発で福島第一原発並みの苛酷事故が起これば、私たちは広島市内には住めなくなってしまいます。
伊方原発の再稼動問題に関して、私たち広島市民には発言権があります。
去年の9月に広島市議会に伊方原発再稼動反対の決議を求める請願を提出いたしました。
広島市が伊方原発の再稼動に反対するという意思表示をすることは、大きな影響力があります。
広島市が伊方原発の再稼動に反対しているということを無視して、伊方原発の再稼動の決定を政治的判断で下すことは、かなりむずかしいことだと思います。
それは、明らかに独裁政治だからです。
伊方原発再稼動反対の決議を求める請願の共同請願人を募っています。
署名していただくことで共同請願人となることができます。
この請願に拘束力はありませんが、より多くの市民が伊方原発の再稼動に対して反対の意思表示をしているという大きなプレッシャーを広島市議会に与えることができます。
伊方原発再稼動反対の政治的意思表示をちゃんとしたいという方は、ぜひこの請願の共同請願人となってください。
反対ですと意思表示しなければ、Yesと同じになってしまいます。
わざわざ向こうの方から「反対ですか、賛成ですか」と聞きに来てくれはしません。
自ら進んで「反対です」と意思表示をしなければ、賛成ととられてしまいます。
私たちひとりひとりが伊方原発の再稼動に「反対です」と意思表示することによって、伊方原発の再稼動は止めることができます。
〈哲野〉
先日、土砂災害がありました。
まだ、正式に名称は定着していませんが、「広島土砂災害」と命名されるようです。
ご承知のように、安佐南区八木地区、緑井地区、山本地区、安佐北区では可部付近、ここら辺で土砂災害が起こって、家が押し倒され、73人の方が亡くなった。
まだ、お一人、行方不明です。
災害が起こった翌日から、広島県警、自衛隊、海上保安庁、大体毎日3500人体制を組んで、現場で捜索活動が始まりました。
9月10日にこの3500人体制は解かれたそうですが、今も、お一人残った行方不明者を捜索しています。
すぐにボランティア活動の人たちが、これも大体1日1500人くらい出て、復旧活動に入りました。
被害を受けた方も、大体2~3日後には自宅に戻りながら、泥を掻き出したり、復旧活動をしております。
広島市の災害としては、おそらくは20年に1度くらいの大きな災害です。
ここで皆さんに考えていただきたい。
災害が起こった翌日から、3500人体制の捜索隊。
まず、行方不明の人をみつけなきゃ、話しは始まりません。まず、これが最優先です。
そして、ボランティア活動の人たち。
これが、この災害が、もし、原子力災害、放射能災害だったら、と想像してみてください。
今、プラカードに、福島第一原発事故のすぐ間近、双葉町の中心街の、去年7月頃撮影した写真が載っております。
商工会議所のすぐ近くの付近で、これはグーグルマップからグーグル・レビューというモードでどなたでもご覧になれます。この写真も、そこから借用してきたものです。
建物は残ってる。
「原子力を正しく理解して明るい未来を」というスローガンを使った横看板も残ってる。
町もそっくり残ってる。
しかし、人っ子一人いない。
これ、一種異様な光景ですよね。
広島原爆では、一面焼け野原になりました。
これが災害のイメージです。
先日の広島土砂災害でも、泥や瓦礫に埋まった家、なぎ倒された家、樹木、これが自然災害の、私たちが持っているイメージです。
しかし、放射能災害はそうではありません。
放射能災害は、一見、災害現場とは見られない。
しかし、人っ子一人いない。
なぜ人っ子一人いないのか。
目に見えない放射能が、私たちの健康を、生命を、むしばんでいくからです。
今、福島原発の敷地のすぐ横の双葉町に入っていくことは、ここで生活することは、これは一種の自殺行為になります。
ですから、人が入れません。
町もそっくり残っているのに人っ子一人いない風景。
一種のSFみたいな世界です。
実は、この写真、この光景が、原子力災害の本質を表した光景です。
放射能のために人が近づけない。
人の近づけない所に、復旧も、復興も、あり得ません。
自然災害では復旧・復興はできる。しかし、放射能災害では復旧・復興は不可能だ。
こう言うと、「いや、広島原爆では、我々は復興したではないか」こういう声が聞こえてきます。
広島原爆からは、我々は、広島は、復興いたしました。それが可能でした。
なぜ可能だったか。
1945年、広島に落とされた原爆は、核兵器としては、まだまだよちよち歩きのベビーでした。
したがって、使用している核分裂物質、これは約60㎏。60㎏ですよ、皆さん。
ところが、65年あまり経った事故当時、核技術はさらに肥大化してました。
わかりやすく言うと、使用している核燃料の量が全然違う。
福島原発事故の時、初期に大量放出された核燃料の量は、130トンと想定されています。
130トンです。
広島原爆から広島が復興できたのは、わずか60㎏という放射性物質があったということ、それが、核分裂の放射能は別として、降下物は、9月の枕崎台風で地表から吹き飛ばされていった。
つまり、福島原発事故に比べれば、はるかに放射能そのものの影響が桁違いに小さかった。
だから広島は復興できた。
しかし、今の原発、そんななまやさしい量じゃありません。
申し上げたように、福島第一原発事故の初期、大量放出期に出た放射能は、1ヶ月弱の間に130トンです。
そのほかに、今、約170トン分が、危険にさらされています。
放射能災害は、原子力災害は、一旦起これば、もうとりかえしのつかない、復旧・復興の不可能な事態です。
これが、1945年と2011年の決定的な違いです。
放射能災害からは復興できない。
一旦苛酷事故が起これば、我々の住む地域は、全滅。
今プラカードに掲げてあるような、双葉町のような光景が、日本中でどこにでも見られるようになるはずです。
今日私たちが今ここでこうやって物好きにも歩いている理由は、この危険を広島にもたらす可能性のある原発が、広島からわずか100キロ程度の所、しかも瀬戸内海のほぼ海の上と言っていいような、そういう所にあって、再稼動しようと、もう一回動かそうということで、今、申請が行われているからです。
広島から最も近い原発、四国電力の伊方原発。
位置関係は、皆さん今プラカードに掲げておりますので確認してください。
わずか100kmの所にある原発、これがもし苛酷事故を起こしたら、こういう想像をしてみることは、決して無駄なことではありません。
むしろその想像をすることが、私たちの広島を守る最も有力な発想になるかもしれません。
伊方原発内には、800トンの核物質が蓄積されています。
申し上げたように、広島原爆で使われた核分裂物質は60㎏、福島第一原発事故で初期大量放出期に出た放射能は130トン、広島からわずか100kmの所にある伊方原発内に蓄積されている核分裂物質は、800トン。
60㎏、130トン、800トン。この数字を皆さんしっかり頭に入れてください。
もし、伊方原発敷地内にある800トンの核分裂物質が一斉にあふれ出れば、これはもう中国地方、四国地方、全滅です。
今プラカードに掲げてあるような、人っ子一人いない、そっくり残った町、このSFのような世界が、中国地方と四国地方に現出するはずです。
伊方原発が苛酷事故を起こす可能性はあるのか。
その可能性はまったくないのか。
これが、私たちにとって大きな疑問になってきます。
原子力規制委員会は、この問題に対して、明快に答えを出しています。
その答えは、「絶対に安全な原発は、世の中に存在しない」これが、原子力規制委員会、それのみならず日本の多くの学者の、ほとんどの学者の基本認識となっています。
つまり、可能性はあるわけです。
それは、1000年に1回かもしれません。
100年に1回かもしれません。
30年に1回かもしれません。
かつてチェルノブイリ事故や福島苛酷事故、そして遡って言えばロシアで起こった苛酷事故、大体20年に1回のペースで起こっています。
ですから、伊方原発が福島並みの苛酷事故を起こす可能性は、可能性として決して否定できない。
後は、確率の問題です。
どのぐらいの確率で起こるのか。
しかし、私たちにとっては、確率問題じゃないですよね。
100年に1回だからいいよ、10年に1回は困るけれども、100年に1回はいいよ、と、こういう話には絶対なりません。
可能性が少しでもあるならば、その可能性はつぶしておく。
可能性をゼロにする。
これが正しい対応だと思います。
〈網野〉
広島から一番近い原発は、四国の愛媛県の佐田岬半島、伊方町という所にある伊方原発だということを、どうか知っておいてください。
たった100キロしか離れていない伊方原発、ここでもし苛酷事故が起こったら、これは原子力規制委員会がシミュレーションを出しているんですけれども、これによると、100キロ離れた広島市、被曝線量4ミリシーベルト、空間線量率40マイクロシーベルト/時。
ちなみに、避難の基準である空間線量率は20マイクロシーベルト/時ですから、明らかに倍の数字になり、私たちが一時移転という名の避難を強いられることになります。
逃げたら、帰れません。
ちなみに、40マイクロシーベルト/時というのは、今の福島原発事故敷地内の免震重要棟前のあたりで観測される数値です。
20マイクロシーベルト/時というのは、大体、今、汚染水タンクがあるあたりで時々観測される数値です。
こうなったらもう、当然ですが、私たちは帰ることができません。
それを認めて再稼動しますか、というのを問われているのが、今現在です。
これが嫌であれば、私たちは「反対」と言わなければなりません。
黙っていたら賛成です。
黙っていたら、誰も、賛成ですか、とか、反対ですか、とか、国や推進側の人たちは聞いてきません。
黙っていてくれた方がありがたいから、聞きません。
だから、反対の方は、反対の政治意思を示すことが今、重要になってきています。
先日、川内原発の審査書が通りましたけれども、これで再稼動が一歩進んだかのような宣伝がされていますが、まだまだです。
マスコミの方々がいろいろと画策されていますけれども、地元、特に100キロ圏は、計算上どこも「一時移転」=避難の対象になりますから、100キロ圏の自治体、市町村で「反対」の政治意思表示、例えば、市議会で反対決議を挙げるとか、市長さんが反対だというような声明を出すだとか、こういったことが決定的に重要になってきます。
これを出すことによって、その自治体の総意として反対の意思が示された、これを無視して、政府が強制的に再稼動を進めることは、おそらくむずかしいでしょう。
今、大事なことは、反対は反対と言わなければいけないということです。
いけないっていうか、反対にならないんです。
黙っていたら賛成です。
「反対だなあ」って思っていても、黙っていたら、賛成になります。
それが、今の、現在の状況です。
皆さんがどうするか、賛成するか、反対するかは、皆さんお一人お一人の判断になってきます。
その際、今どういう状況なのか、どういうことが進められているのか、放射能は安全なのか、安全ではないのか、そういったことを、私たちは毎週調べて広報のチラシを作っております。
ご参考になさって、判断の材料になさってみてください。